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最中

ご挨拶

小店は昭和51年(1976)、私が27歳のとき「四季の器と工芸品の店」として宇都宮市清住通り(旧日光街道)で創業いたしました。

昭和50年代は空前の陶芸ブームでした。昭和55年(1980)に陶芸界の鬼才と言われる加守田章二先生の個展を開催させていただいたことは私の生涯の幸せです。先生が49歳で急逝した昭和60年代には、陶芸路線から「日本の伝統的な祭事である五節供を後世に伝え、地域の食文化に貢献すること」を経営理念に掲げ、より大衆的なところへシフトして参りました。

平成16年(2004)冬、創業30年と長男の入社による甘味処の併設に伴い(翌年に和食了寛(りょうかん)として独立)、温めていた宇都宮の郷土玩具「黄ぶな」をモチーフにした最中を創作いたしました。

全国に出かけることが多かった私には、黄ぶな(張り子)の優れた意匠に加え、無病息災の縁起を食べモノとして昇華させれば、宇都宮を発信できるとの確信がありました。菓子品目を最中に決めたのは、当時一刀彫のひな人形作りを鎌倉まで通っていたことにあります。黄ぶなを最中に再デザインし、自分の手で木型を何度も作り完成に至りました。

料理や菓子作りをプロに習っていたこともあり、簡単に最中始めましたが、餡を寒天で固める(離水させない)ことと柔らかな触感を両立させる難しさは想定外でした。独自の最中を目指す中で、寒天は科学的な裏付けをもって使用することにし、伊那寒天の開発部のご指導をいただいたことが宝物だと感謝しています。レシピの改善方法においては、学生時代にかじった実験計画法や日程計画が大いに役に立ちました。以来改良を重ねる中で、平成29年(2017)に清住の区画整理事業の進展に不安を感じ、晩年のなりわいとして小さな最中屋を選択いたしました。幸いにして、店と終の棲家を黄ぶな伝説発祥の田川そば(JR宇都宮駅至近)に求めることが出来ました。

黄色の最中「黄ぶなっこ」が誕生したのは翌年のことでした。発想と材料の研究をしていましたが、1箱全部が黄色ということで頭が固く、見込み生産数に不安をもち前に進めませんでした。そんな時、銀行の外務の方が「5個に1個入れれば」と背中を押してくれたのです。

また、昨年は2個入(黄色1、茶色1)のプチギフトを新発売いたしました。これは、包装紙に黄ぶなを大きく描き、無病息災の縁起を訴えました。

このような中で、本年2月にコロナ感染が起こりました。ワクチンの開発が進んではいるものの時間がかかるのは専門家の一致するところです。当地では、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などで宇都宮の黄ぶなは大きく取り上げられるようになりました。

私は、江戸期に起こったとされる黄ぶな伝説が、コロナを乗越えられる日を信じて究極の最中づくりに励む所存です。素人がここまで頑張れたのは、多くのお客様のお引き立てとご意見でした。今後とも是非、率直なご意見やご希望を聞かせていただきたく、ご愛顧ともどもお願い申し上げます。

令和2年9月9日 ※重陽
株式会社 たまき
初代代表取締役
田巻秀樹 71歳 拝

黄鮒(きぶな)

宇都宮には、古くから伝わる郷土玩具に「でんでん太鼓」(和紙と豆製)と「アヤメ」(経木)、「黄鮒」(張り子)があります。

でんでん太鼓は「豆」を【まめまめしく働けるように】と掛けて身体健全を祈るもの。「アヤメ」は稲作の豊穣を願うものです。

黄鮒は、むかし疫病が流行った際、田川(JR宇都宮駅前)の黄色の鮒を食べて病が治ったという伝説に基づく無病息災の縁起物です。

黄鮒」伝説

昔、宇都宮に天然痘が大流行したことがありました。当時は良い薬もなく、人々は成り行きに任せる以外に方法がありませんでした。

ところが、ある人が田川で黄色の鮒を釣り、これを病気に苦しむ母親に食べさせたところ、不思議にも天然痘が治ってしまっただけでなく、黄鮒を食べた人は病気にかかりませんでした。しかし、黄鮒はそう簡単に釣れるものではありません。そこで張子のキブナが初市で売られるようになりました。

以来当地では、新年に黄鮒の張子を神棚に飾り、無病息災を祈る習慣が残っています。

当最中は、この伝説と伝統にあやかり、身体健全と無病息災を願って創作調製いたしました。

改良の履歴

第8世代(2017.1)
黄色の最中「黄ぶなっこ」が誕生しました。クチナシ(植物)色素を研究し、内焦がし皮で色の透けと味を守りました。5入りに1個入れてみました。

第7世代(2012.6)
和三盆のザラザラ食感を押さえ、奥行きを深めました。あわせて、小豆の粒がやや残るようして食感を出し、甘みの緩急を味わえるようにしました。

第6世代(2007.3)
気温の上昇に伴う離水(餡がゆるくなって水分の吐き出す)を、味にダメージを与えずに防ぐことに成功し、日にちの経過に対しても皮の美味さを持続できるようになりました。

第5世代(2006.9)
餡のシンプルさ(特上の十勝産エリモ小豆に北海道産甜菜の自然結晶氷砂糖)に
今までの和三盆に加え、独創的な隠し味を入れました。その結果、味わい深さに余韻が出るようになったと思っております。

第4世代(2006.6)
控えめの甘さとみずみずしさに安定感が出て日持ちも7日に伸びました。

第3世代(2005.11)
皮の焼きをぎりぎりまで深めたことで、色・香り・微妙な苦味が増し餡とのコラボを楽しめるようになりました。

第2世代(2005.8)
餡が柔らかくても離水しないようになり、うまさが出てきました。

第1世代(2004.11)
半年間の試験を重ね、存在感のある焦がし皮に小豆の風味と上品な甘さの餡がしっとりと一体になるよう目指しましたが、水分の離水を加減するため 練りすぎて固い餡になってしまいました。

価格(税込)

1個包み 120円 要予約 ※ご希望の色と数に応じます。たまき店舗のみ受付
2個プチギフト  300円 2019.7.4新発売
3個自家用箱入  450円 要予約 ※たまき店舗のみ受付
5個自家用箱入  600円
10個贈答箱入 1,200円
15個自家用箱 1,800円 個包装  
20個贈答箱入 2,400円 要予約

ご購入は店舗、またはオンラインショップをご利用ください。

店舗
https://tamaki-net.com/店舗案内/

オンラインショップ
https://shop.tamaki-net.com/

※賞味期限の目安は一週間です。高温・多湿と乾燥を避けて常温で保存下さい。開封後はお早めに召し上がりください。

2個プチギフト
2個プチギフトには恵比寿様の木版画が入っています

木版原画紙片と思い

宇都宮は、川上澄生(1895~1972)という高校教師の傍ら、木版画や玩具を作り、遊びと詩心をそなえた趣味人を輩出しました。棟方志功は国画会で彼の「初夏の風」に魅せられて版画家になったといわれています。私は、川上澄生の作品に共鳴し、40年近く前に遺族や教え子などのコレクションを借用し、全品非売の大きな展覧会を催したことがあります。この時のDMはがきに南蛮船の木版画を製作したのが木版画への入口でした。

最中に、木版画の紙片(印刷物)を季節ごとに入れることになったのは、俳優で私の俳句の師匠でもある小沢昭一(俳号=変哲)さんでした。黄ぶなの木型の試作から最中種(最中皮)や餡のアドバイスを頂いたこと思い出します。

季節の合わせた紙片を選び、5個入、10個入に添えています。未熟な作でありますすが、最中を召し上がりながら、季節をお楽しみください。

包装紙

商品から包装紙まで一貫して自画自刻いたしました。長い間、商品を仕入販売していたところで発生した欲求不満がこの形になりました。自分でやらないと気が済まないというのが本当のところでしょう。

宇都宮の歴史、文化に詩歌を加えた木版画を最中皮(最中種)色の紙に餡の色で表現しました。ちなみに、宇都宮市は東洋経済新報社による「住みよさ」などのランキング2020年版で、人口50万人以上の全国28都市のうち、前年の4位から3位に上昇しています。